・立ちはだかる「意識の壁」
・まずは自分たちを知ること
・キーワードは「愚直」
前回は、仮想化基盤運用をなぜ「黒船」に例えたかを説明し、これまでの「運用」と「仮想化基盤運用」との違いを解説しました。
大きな違いは、運用するコンピュータ(ITシステム)がやってくる流れが変わってしまったところにあります。仮想化基盤運用以前は、「作る人」が作ったもの(ITシステム)を動かしていけばよかったのですが、これからは「作る人」の仕事の一部分である「払い出し」の作業も担うことになったのです。(※コラム第8回 を参照)
今までなかった仕事を受け入れるのは大変なことです。また、役割が異なる「作る人」がしていた作業を引き受けるのはなおさら抵抗感があります。この抵抗感が「意識の壁」となり、「運用」する人は、変化に対応できなくなっていました。
それでは、意識を変えればいいではないかと考えるのですが、長年の慣習からかうまくはいかないのが世の常です。どの組織でもあることかと思いますが、新しいことをしようとする場合、それが必要であったり、とてもいいことだとわかっていても、なかなか踏み込めないものです。皆様も経験があるかと思います。
では、今回のテーマである、この課題をどのように乗り越えたのか実例を紹介します。
ここから私自身の経験をお話しします。
10年程前になりますが、私はとある新規のプロジェクトに参加することになりました。そのプロジェクトは、仮想化基盤の「運用」の立ち上げがミッションであり、新たな運用体制を築くことをゴールとしていました。
当時は、今ほど仮想化基盤が当たり前ではなく、仮想化の技術がようやく確立され、各社も導入の検討を始めた頃です。プロジェクトに投入された当初は、私自身も技術的な知識が乏しいこともあり、プロジェクトのメンバーと共にとても苦労した記憶があります。そのような中で手探り状態ではありましたが、仮想化基盤の「運用」を開始するために必要な様々な準備を進めていきました。
そして、ある日気づいたのです。仮想化基盤を運用するには、これまで「運用」が行っていなかった仕事をしなければいけないと。その一つが「払い出し」であり、今まで「作る人」が行ってきた仕事でした。
プロジェクトのメンバーの中でも賛否両論ありました。仮想化基盤の「払い出し」を「運用」が行うべきなのか、プロジェクトの中でディスカッションが重ねられました。ディスカッションの中では、「チャレンジしよう」と前向きな意見がある一方、今までの領域とは異なる仕事に対して戸惑う意見もあり、仮想化基盤の「運用」を立ち上げるミッションを持つ私はつらい立場になりました。これが「意識の壁」かと呆然とした記憶があります。
今では、当たり前のように仮想化基盤の「払い出し」はしていますが、仮想化基盤運用の初期の段階ではこのような苦労もあったのです。
これから「運用」をするプロジェクトのメンバー以外で仮想化基盤の払い出しをする人はいない状況でした。メンバーをなんとか説得し、彼らが納得の上で業務を推進してもらわなくてはいけません。
業務として必要であること、将来的に役に立つこと、いろいろな角度で説得を試みました。しかし、メンバーは未知なるものへの抵抗感が大きいためか、なかなか自分たちの仕事として捉えようとしてくれませんでした。
その時、ヒントにしたのはこの言葉です。
「彼を知り己を知れば百戦して殆からず」
有名な『孫子・謀攻編』の一文です。解釈はいろいろあるようですが、私は自分たちをまず知ることが重要であると捉えました。
「意識の壁」が抵抗感を生み出しているのなら、まず壁を低くして抵抗感を緩和することが必要です。問題は壁の下げ方です。ひょっとすると、私は壁の下げ方を誤っていたのかもしれません。「運用」をする人がどのような特徴を持っているのかを意識しないまま、適さない方法で壁を下げようとしていたのです。
それでは、「運用」 の人の特徴は何でしょうか。ITシステムのプレーヤーたちの特徴を含めてご説明します。
第6回のコラム で説明したように、ITシステムにはさまざまなプレーヤーが登場します。今回は、ITシステムを提供する側である、「描く人」「作る人」「動かす人」にフォーカスし、それぞれのプレーヤーの特徴を説明していきます。
「描く人」は、頭の中にあるアイディアを具体化していきます。私は描く人と一緒に仕事をさせていただくこともあるのですが、芸術家のようなアーティスティックな指向を持っている方が多いと感じています。また、それに加え、論理的な思考も持ち合わせています。描く人の描く絵が最適であることを証明するために理路整然とした考え方が必要なのでしょう。
「作る人」は、描く人が描いた絵をITシステムとして実現します。しかし、ITシステムが想定通りの動きをしなければ意味がありません。ちょっとしたことが抜けていても、ITシステムが言うことを聞いてくれないことはよくあります。「神は細部に宿る」という言葉もあるように、モノづくりには緻密さが必要なのです。
「運用」の人は「動かす人」になります。その特徴を「愚直」と私は表現をしました。皆様は、この「愚直」というキーワードをどう受け取られたでしょうか。私は「愚直」を「まじめにきっちり仕事をする」ことと捉えています。
「運用」の人には、得意なことがあります。それは、決められた「ルール」をきちんと守りながらまじめに仕事をすることです。運用の人間は決められたことをつつがなく行うことは長けています。ただ、その場の状況に応じて都度判断をする「よきにはからえ」の対応はできるだけしないようにする傾向にあります。
その理由は、以下の3点です。
・スピードが求められるため
・たくさんのコンピュータを見ないといけないため
・人によって「運用」の内容を変えないため
時には運用にも判断が必要なケースがあります。ITシステムが順調に動いているときはいいのですが、想定通りの動きをしない場合などです。その時は、「運用」でなんとかする方法を考えなければいけません。例えば、これ以上想定以外の動きをしてシステムの利用者へ影響を及ばさないために、コンピュータを止めるべきか否かなどです。早く対処を進めないと、ITシステムを使用している人たちへ影響を与える可能性があります。
更に難しいのは、ITシステムは一つのコンピュータだけで動いているわけではなく、たくさんのコンピュータが複合的に組み合わさって動いているのです。各コンピュータは他のコンピュータと連携を取りつつ、複雑な動きをするので、いろいろな条件を考慮して最適な対処法を選ぶのは大変困難を伴います。
もう一つ大きな理由として、人によって「運用」の内容を変えないためです。「運用」は人が行うものですが、複数人のチームですることが大半で、ITシステムの規模にもよりますが一人で運用をすることは稀なケースです。チームで「運用」をする以上、だれが行っても、同じ「運用」をしなくてはいけません。ルールがなくても、「運用」をできないことはないのですが、Aさんはうまくやってくれたのに、Bさんはイマイチという状況だと困りますからね。
そんなときのために、あらかじめ対処方法のルールを決めておきます。これによって、対処をスピーディに進めることができます。複雑な仕組みのITシステムにも対応でき、誰しも同じ「運用」が実現できるようにします。
このように、ルール化をすること、「愚直」にルールに従うことによって、「運用」の品質を一定に保とうとするのが「運用」の特徴になります。ちょっと大げさですが、「運用」 のDNAと言っても過言ではありません。
これが「運用」をする人たちの特徴と私は考えています。
実際の運用では、「よきにはからえ」もしています。しかし、それは表面的にであって、その裏ではいくつもの「ルール」が存在し、そのルールに従って判断をして、「よきにはからえ」を実現しているのです。
さて、「運用」の人たちの特徴を掴んだところで話を元に戻します。
今まで「作る人」が行ってきた「払い出し」の仕事を「運用」の人がすることになり、未知の仕事に対してメンバーは抵抗を感じていました。私は様々なアプローチでメンバーを説得するのですがなかなか納得してくれません。
そこで、もう一度メンバーに対してヒアリングをして、メンバーの声に耳を傾けてみました。その結果、メンバーは「払い出し」の仕事を、「作る人」の特性である緻密さが求められる仕事と捉えていたのです。これに対して不安を持ち、心の壁を作っていたのです。
私はプロジェクトのミッションである仮想化基盤の「運用」の立ち上げを目指すあまり、「運用」をする人の特性を考えず、不安を解消しないまま強引に進めようとしていたのです。
私はメンバーの気持ちを踏まえて、アプローチの方法を変えることにしました。
「運用」の愚直さを生かせるように、ルール化を進めました。「運用」の人たちが得意な方法を取り入れることにより、心の壁を低くしたのです。
実際の作業を一つ一つ手順に落とし込み、判断を必要とする部分は判断基準を作り、スムーズな作業ができるようにしました。この工程を踏むことにより、不明確な部分、技術的に補う必要のある部分が見えてきました。イメージとしてしか捉えていなかった「払い出し」を実行可能な作業として目に見える形で捉えることができるようにしたのです。
「視覚化」は大切ですね。「視覚化」を進めることにより、メンバーの意識の壁も低くなり、活動も活発になりました。メンバーも能動的になり、技術的に不安な部分は、自ら調べたのちメンバーへ共有するようになりました。
「運用」は人が行うことです。「運用」する人の動きをルール化すること、視覚化をすることはとても重要です。ルール化することで、「運用」する人のパフォーマンスがアップすることは間違いありません。
「ルール」を作ることが「運用」を作ることの一面であることと言えるでしょう。
このようなルール化を、当社では「運用設計」 と呼んでいます。「運用」のお悩みごとがございましたら是非当社へお問い合わせください。
次回のコラムでは、ルール化するとは具体的にどのようなことなのかを「払い出し」のケースを例に挙げて説明していきます。
<著者>
紫藤 泰至
<経歴>
メインフレームからのシステム運用の経験を活かし、お客様のシステム運用をデザインする業務を歴任。現在は、仮想化基盤(プライベートクラウド)運用、運用自動化をデザインするコンサルティングに従事。ITIL Expert保有。
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